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謎の人よりこのファイルについての説明。

この文書は、月刊ボナンザの昭和56年7月号(第17巻第7号) に掲載された、

支那派遣軍経理部が作成した軍票の栞の旧仮名遣いを現代用語に改めたものを、

私がスキャナとOCRとを利用して電子ファイルにしたものです。

今は無きボナンザ様には無断拝借ごめんなさい。

 

文中の括弧書きはボナンザ編集部によるものです。

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軍票の栞(ぐんぴょうのしおり)

支那派遣軍経理部

 

はしがき

 

 軍票は敵の抗戦力を破砕する経済的武器であるとともに、わが占領地内経済建設の要具である。蒋政権の抗戦力培養手段たる法幣の崩壌は軍票の進出によって促進され、また占領地域内の経済建設は日本の経済的協力に俟つかぎり、軍票の普及によって初めて容易になる。軍票が中支における唯一の邦系通貨となり終った今日、軍の現地自活も一般民衆の日常生活も、軍票の有する購買力に依存せざるを得ないのが現実である。言い換えれば軍票の価値維持と流通促進は、軍の生存確保の関鍵であるばかりでなく、現地における一般民衆の生活維持の要件である。

 したがって軍票を普及し、これが価値維持を図ることは日本の、なかんづく現地における軍民一致の共同責務であらねばならない。それがためには軍票に関する正しき認識を持ち、軍票に対する不必な不安や誤解はこれを捨てて、軍票を守り育ててもらうことが肝心だと考える。

 本栞は以上の趣旨によって、できるだけ平易に有りのままの軍票を解明するために作成配布するものである。

(昭和十五年二月十一日)

皇紀二千六百年紀元の佳節

支那派遣軍経理部

 

 

一、南京の感想

 

兵太 やあ暫く振りだね。相変らずお元気だね。

金次 誰かと思ったら君か、君も元気で何よりだ。第一線での御奉公は衷心御苦労をねぎらいたいね。どうだ南京に来ての感想は?

兵太 一年ぶりで南京に出て来たが、南京もすっかり変って、すっかり首都らしく整ってきたね。去年の今頃来た時分は、大通りでも夜問営業をしている店はほとんど無いといってよいぐらいだったが、今はほとんどすべての店が夜間営業をしているじゃないか。とにかく南京は見違えるほど明るくなったよ。

金次 どうだ、支那人街に行って見たか?

兵太 行って見たどころか、このシャツも手袋も、それから今はいている靴下も支那人街で買って来たものだよ。ところで嬉しかったことは、軍票だと二割引きで連中が取ってくれることだね。去年の今頃は軍票も法幣と等価でしか通用しなかったばかりでなく、連中は軍票で受け取るのをあまり快く思わなかった情況だったのに、今度行って驚いたことは、軍票を出すと「好々的」二割引きするのだから、軍票も大したものになったよ。この点、君達の並々たらぬ努力の賜と感謝するよ。

金次 どういたしまして、これには僕らの努力も多少は貢献しているかも知れぬが、在留軍民一致協力の軍票支持と、支那人が軍票に信頼を持つようになったことが一番大きた原因だよ。

兵太 これまで持ってくる君達の努力も並々でなかったことと感謝するよ。ところで僕は近くまた第一線方面に帰るが、今日はゆっくり軍票対策に直接携わっている君の軍票談を聞き、前線へおみやげにしたい。僕みたいな素人には難しい通貨理論は判らないし、第一肩が凝るから、ひとつ素人わかりのするよう噛み砕いて話してくれ給え。

金次 そう君に玄人扱いされると面はゆくてかえって話しにくいが、君よりかいく分この方面の体験があるという意味で打ち解けて話そう。遠慮なく質問してくれ給え。

 

 

二、軍票はいつから使い始めたか?

 

兵太 よし来た。日本は軍票をいつから使い始めたのだい、今度の日支事変に初めて使ったものか?

金次 いやいや、古い昔はいざ知らず日本における軍票行使の発端は明治十年西南の役において西郷軍が発行したのに始まる。(編集部註・西郷札を指す)

兵太 なるほど、その後の使用は?

金次 続いて明治三十七年の日露戦争、大正三年の日独戦争、大正七年のシベリア出兵にそれぞれ使用された。それで今度の日支事変の発行は四回目に当たるわけだ。(編集部註・明治二十七年の日清戦争が洩れている。日支事変は五回目)

兵太 日露戦争当時発行された軍票はどんな種類のものだったか?

金次 君も知っているとおり、今事変当初出した縦版の竜模様のついた十銭、二十銭、五十銭、一円、五円、十円の六種類だった。

 

 

三、軍票の意匠

 

兵太 ほうー、あれが日露戦争時代のものか。そうとはまた古典的なものを出したものだね。今でこそ白状するが、あの軍票を初めて貰った時は、何かビールかサイダーのレッテルを貰ったような感じで、どうもお札という感じはしなかったね。日銀券と一緒に貰うと、日銀券のほうは大事に内ポケットに入れたものだが、あの軍票は両隠しに捻じ込んだものだ。物を買うにも軍票で払うと何か安く買ったように感じたものだ。われわれ日本人でもそうなのだから、支那人には信用がなかったのも無理がないね。とにかく初めの軍票は第一、意匠の点で信用がなかったよ。

金次 全く君の言うとおりだ。一番初めに出たものは、われわれの専門語で甲号券と称しているが、実際評判が悪かったね。それに偽造券もほんの僅かであるが発見される始末で、それに代って第二回目に現われたのは日銀券の文字を赤線で消したもの、いわゆる乙号券だ。あれも自分の顔に泥を塗ってるようなもので、支那人間にはやっぱり評判が悪かったね。それで第三回目に出した日本銀行兌換券という名前の代りに大日本帝国政府軍用手票と書いた丙号券だね。あれになって、やっと軍票も紙幣らしい威厳を持つようになったね。先頃出した竜(十円)と鳳風(五円)のついた丁号券の評判はどうだね。

兵太 悪くないね、やっとお札らしくなって来たと一般に評判しているよ。しかし欲をいえば支那人にはもっと支那的特色のある模様と色彩が望ましいね。しかし君のいう丙号券になってから、軍票に対する一般の認識が一変したよ。僕にせよ、丙号券を貰うようになってからは軍票も日銀券も区別せぬようになったね。これも単に意匠の点ばかりでなく軍票に対する一般の信頼が高まって来たことに大きな理由があるだろうが、それと調子を合わして意匠の点でも改善されたことが重要原因だと思うよ。

金次 君はなかなか卓見を吐くよ。かえって君のほうが玄人じゃないか。

 

 

四、戦争になぜ軍票を使うのか、また軍票を使ってどんな利益があるか

 

兵太 なあに、このぐらいのことは軍人たる以上なん人(ぴと)でも認識しているよ。これから君に聞くが、なぜ戦争には軍票が付きものなんだい?日本には立派な日銀券がありながら、なんでこれと別な軍票を使うのか。そしてまた軍票を使ってどんな利益があるのか教えてくれ給え。

金次 戦争には軍票以外のものを使っては絶対いけないという法則はもちろんない。要は軍票を使うのと、その他の貨幣を使うのと、いずれが戦争目的遂行上有利かの問題だ。明治三十七年一月の閣議に提出された大蔵大臣の軍票使用に関する意見書には「一は正貨の支出を節減し、これを軍事上正貨必要の用に転用し得べく、国庫はこれによって幾分の融通を助けらるべく、一は軍旅においていちいち正貨取扱いをなすの不便を避くるを得て、一挙両得の儀と存じ侯」とあり、正貨支出の節減と正貨取扱いの不便回避の二つの目的をもって軍票を発行するのだと言っているが、当時は軍票をもって徴発に対する一種の受領証の意味で便宜使用するという消極的目的を持っていたに過ぎぬが、戦争が単なる武力戦中心時代を過ぎ、経済戦ないし国家総力戦に移るにつれて、ひとつは戦地の通貨として作戦軍の現地自活のため、自国通貨をもってする現地物資の調弁ならびに経済建設が必要であり、他はもって敵国貨幣制度の崩壊を重大目標となすようになり、これなくしては敵の抗戦力のとどめを刺すことが出来ない時代になり、だいぶ昔とは軍票発行の意義も変ってきたわけだ。一言にしていえば、軍票も戦地における通貨たるの名実を備え、単なる防御的意義から躍進して、敵の戦力を弱化する攻勢武器の一種に変ったことだよ。

 

 

五、日銀券では、なぜいけないか?

 

兵太 日銀券ではそれが出来ないのか?

金次 軍票も日銀券代用券なのだから軍票の出来ることを日銀券が出来ぬことは決してない。しかし君の知っているとおり、今事変の当初は中支においても専ら日銀券をもって軍事費その他一般日本人の支払いにあてていたわけだが、敵国通貨(法幣)が依然として流通している敵国で、これと本位制の違う自国通貨(日銀券)を使用する場合、通貨膨脹による日本銀行券の価値下落、すなわち上海における円安を招き、この円安を悪用する鞘稼ぎ等を誘発するような結果とたり、上海で安い円が買われて、それが内地その他の円地域に送られ、ひいては内地の為替相場にまで影響を及ぼすということになるので、日本内地では一般に通用せぬ軍票という特別の代用券を戦地で使い、その悪影響を防止しようというのが日銀券でない軍票使用の眼目なのだ。

兵太 なるほど!そうすると日銀券と軍票とは、内地で通用するとしないとが重要な相違なのだね。その点、現地で軍票を持っている者は一沫の不安があるように思われるがどうか?

金次 軍票はなるほど内地では自由に通用はしないが、現地における正当な軍票所有者は内地送金その他内地持ち込みの際は自由に日銀券に交換して貰えることになっているから、毫も心配はいらぬわけだ。もっとも特別の許可なき限り、現金の内地への携帯持ち込みは一人当り二百円まで、送金は五百円までと制限されているが、大蔵省上海駐在財務官の許可を受ければ金額に制限なく内地に送金できることになっている。これは日銀券も同様の取扱いなのだから、その間なんらの差別がない。

 

 

六、内地の円と上海の円との鞘取りとは?

 

兵太 なるほどねえ。内地の円と上海の円との鞘取りということは具体的にいうと、どういうことになるのか?

金次 それはこうだ。日本内地においては、日本の1円は対英1シリング2ペンス(さきごろポンド・リンクは米ドル・リンクとなって100円が対米23ドル7/10となったが、対英はだいたい変わりがない)すなわち14ペンスだ。しかるに法幣は事変前こそ対英1シリング2ペンス半であったが、現在は5ペンス足らずに暴落している。かりに5ペンスとしても、約事変前の三分の一近くに暴落しているわけで、日本の円も一昨年(昭和十三年)五月、円安利用の不当利得防止と外貨擁護のため、横浜正金銀行上海支店が日本の1シリング2ペンス公定相場での外貨売りを中止してから、現地では日銀券では直接外貨が買えなくなったため、法幣を通じて外貨を買うほかなく、現在でいうと軍票80銭を出して法幣1元を買い、それでポンド貨5ペンスを買うというわけで軍票1円は5×10/8、すなわち6ペンス4分の1に相当するわけで、内地の1シリング2ペンスすなわち14ペンスとは7ペンス4分の3だけ上海の円が安いわけだ。これを逆にいえば、上海では6ペンス4分の1の外貨(またはこれに相当する法幣)があれば日本金1円手に入り、これを内地に送れば立派に1シリング2ペンスが買い得るところの円に代わるというわけで、ここに外貨をもって中支の安い円を購入して内地送金することによって鞘取り(7ペンス4分の3)という不当利得が生まれてくるのだ。

兵太 鞘取りの意味はよくわかった。それなら支那人、第三国人は自由に日本内地に円送金ができるのかね?

金次 特殊の事由で大蔵省駐支財務官が許可した場合のほかは一般に禁止されている。しかし日銀券を中支に置いておくと、これを上海その他で安く買って、何らかの不正手段を通じて日本内地に現物で持ち込まれるおそれがある。日銀券なら日本内地に持ち込まれた以上、大手を振って通用するのだから、安い日銀券を中支に置いておくことは、ちょうど猫に鰹節を見せておくようなものさ。昭和十四年十二月一日から実施された中支の軍票一色化は、その鰹節を小判に変えたというわけだ。日本内地では軍票という小判を、日銀券という鰹節に換えて貰わぬ以上、食うことが出来ぬからな。

兵太 なかなか君のたとえは適切だ。おかげで僕みたいな門外漢にもピンとくるよ。その式でこれからの話も頼むよ。

金次 そう褒められると、せっかく出る知恵も謙遜して出なくなるよ。

 

 

七、軍票は紙代と印刷代だけで無制限に発行できるか?

 

兵太 ところで軍票は日銀券と違い、紙代と印刷費だけで戦争の続く限りどんどん無制限に発行できるものかね?

金次 冗談じゃないよ。日銀券のように発行準備金こそ要らぬが、無制限に発行できるなどと思ったら大間違いだ。軍関係について言えば、制度として厳に軍事予算の範囲内に限って発行されるのだし、また実際問題としては軍票の価値下落を来たさぬよう発行額を規制しなければたらない。現に発行されている軍票価値維持のためには、帝国は全国力をもってこれに当っているのだし、日銀券と別だといっても、日銀券の身代りなのだから、当然いつでも日銀券と等価で兌換さるべき性質のもので、そう無闇に発行さるべきものでない。もしそんな誤解を持っている者があったら、君からよく蒙をひらいておいてくれ給え。

兵太 とうとう不明を暴露してしまったね。仕方がない、二度目の帽子を脱ぐよ。しかし「聞くは一時の恥、知らざるは一生の恥」という諺があるから、もって瞑すべきか!

金次 不要心々々々。君は御存じでもそうした一般の誤解や疑問があったら、卒直に尋ねてくれ給え。

 

 

八、軍票で対外支払いが出来るか?

 

兵太 さきほどちょっと聞いたように思うが、軍票で対外支払いが出来るのかね?上海で軍票をもって第三国から物を買うことが出来るのかね?

金次 外支人銀行はもちろん、日本側銀行でも、上海においては軍票に対しては直接外貨を売らぬから、軍票をもって直接対外支払いにあてることは出来ないね。いったん軍票で法幣を買って、その法幣でさらに外貨を買い、対外支払いにあてるほか途はないわけだ。この点は日銀券でも同様だよ。

兵太 どうもその点が不便だね。

金次 日本側銀行で売らぬ以上、仕方がない。もし日本側銀行が外貨の売買をするとすれば、内地の円と中支の円が等価リンクしている以上、内地の公定率1シリング2ペンスで売買することが必要だが、そうかといってこれを実施すると現に上海市場では軍票の対外相場は内地の半分以下に安い情況であり、これに対して前記公定相場で外貨売りした日には日本の外貨はどんどんこれに食われることになるから、これも耐えられぬわけで「あちら立てれば、こちら立たず」「こちら立てれば、あちら立たず」で、やむを得ない次第だ。

 

 

九、中支軍票一色化の狙いは?

 

兵太 中支の日銀券を引揚げて、軍票一色化した理由は先ほどの説明でよく判ったが、なぜそんなら初めから日銀券を使わずに軍票を使わなかったのかな?

金次 結局、事変不拡大方針のあらわれさ。今事変は頑迷なる蒋政権の抗戦継続で、やむなくわが方も干戈を取って立ち上ったのだが、決して支那征服がわが方の目的ではない。したがって、今日のような長期戦は当初予想したことではない。それで一時的便法として日銀券を使用したまでさ。北支でも、それだから初めは鮮銀券(編集部註・朝鮮銀行券)を使用したわけだ。

兵太 軍票一色化は、なぜ去年(昭和十四年)の十二月一日よりもっと早く実施しなかったのか?

金次 当初、軍票強制使用の例外区域だった上海の軍票普及化を俟って、一色化の円滑を図るためだった。十二月一日からの実施は、単に今までの事実状態を正式に宣言したにほかならない。

兵太 道理で平穏にいったと思ったよ経済問題はあまり短気を出しちゃいけないね。

金次 やるところは断乎としてやらなければならぬが、それまでにはやり得るだけの素地を作ることが大事だね。

 

 

一〇、現在、日銀券を持っている者は、どうしたらよいか?

 

兵太 中支軍票一色化によって、現在中支で日銀券を持っている者はどうなるか?

金次 本年(昭和十五年)一月一日以降は、邦人銀行においては日銀券の受入れは大蔵省駐支財務官の許可なき限り、原則として為さないことになっているが、昨年中に銀行で軍票と交換できなかった人びとの便宜上、当分の間一人当り五十円以内なら邦人銀行で軍票と交換して貰えることになっている。軍人軍属なら、このほかに部隊の出納官吏に申し出て軍票と交換して貰えばよいし、部隊出納官吏の受入れた日銀券は、いつでも金額に制限なく邦人銀行で軍票と交換に応ずることになっている。

 

 

一一、内地帰還者はどうすればよいか?

 

兵太 内地では軍票は通用せぬとすれば、内地に帰還する者は現在持っている軍票をどうしたらよいか?

金次 単独旅行者なら一人当り二百円までは銀行で換えて貰える。軍人軍属は軍票引換証明書を邦人銀行に提出すればよいし、一般人は乗船券または航空切符を提示すれば銀行で日銀券と交換して貰える。それ以上の金額は現金で持たずに送金すればよい。隊伍旅行の場合は、将校は一人当り二百円、下士官以下は一人当り十円以内、部隊責任者が取りまとめて中支における邦人銀行で日銀券と交換して貰えるし、内地においては日本銀行本支店または代理店なら、どこでも出納官吏の携行した軍票は金額に制限なく日銀券と交換して貰えることになっている。

 

 

一二、北支ゆき旅行者はどうすればよいか?

 

兵太 北支との問はどうか?

金次 北支に行くときは、上海埠頭交換所または蚌埠徐州停車場および徐州飛行場などで、一人当り五百円以内聯銀券(編集部註・中国聯合準備銀行券)と等価で交換して貰える。

 

 

一三、南支に行くには、どうしたらよいか?

 

兵太 南支に行くときは?

金次 南支は御承知のとおり軍票が通用しているから他の通貨と交換してゆく必要はないが、ただ丙号軍票(日銀券と同一模様で赤線の無いもの)で統一されているから、銀行で丙号軍票と交換してゆかねばならない。

 

 

一四、軍票と華興券、聯銀券との関係は?

 

兵太 北支の聯銀券、中支の華興券(編集部註・華興商業銀行券)ということを聞くが、これらと軍票との関係はどうなんだい?

金次 北支の聯銀券は日本の円と等価リンクしているから、同じ円と等価リンクしている軍票とも、したがって等価という理屈になる。しかし北支と中支とでは物価に高低があり、同じ一円でもその購買力が違うため、闇相場では軍票のほうが聯銀券より約二割がた高いことになっている。

兵太 なぜそんな現象が起るんだい?

金次 結局、北支の物価が中支の物価に比べて二割がた高いからさ。購買力の低い聯銀券をもって、購買力の高い軍票と交換して、中支で比較的安い物資を買ってゆくからさ。聯銀券と軍票との等価交換を無制限に認めれば、もちろん両者の間に打ち歩を生ずることはないが、それでは中支は物を北支に取られる一方でしかもそれがために放出された軍票の尻ぬぐいまでさせられるわけだから、そう無制限に認めることは出来ぬ。北支からの南下者に対して、交換金額を最高二百円に制限しているのは、これがためだ。善良なる旅行者に対しては気の毒だが、この両者の鞘稼ぎをやる不正行為者を取締まるため、多少の不便は我慢して貰わなければならぬ。もっとも正当な旅行証明を持っている旅行者には御迷惑をかけぬよう手配してある。

兵太 華興券とは、どんな関係があるか?

金次 直接の関係はない。華興券の1円は対英6ペンスだから、法幣との間には毎日比価が立ち、その比価で交換されているが、軍票とは直接交換されることはない。強いて交換しようとすれば、法幣を仲介として為されるわけだ。現在、法幣は五ペンス前後であり、法幣の百円が軍票の八○円近くであるから、軍票もだいたい六ペンスになる。これから割り出すと軍票と華興券は現在だいたい等価値ということになるね。

兵太 華興券はほとんど市中でその姿を見たことがないが、なぜ流通しないだろう?

金次 法幣に対して割高なことがひとつ、華興券物価というものが未だ出来ていないこと、すなわち華興券の一円が法幣の一元二〜三角の値打ちで市場で流通せぬことが一つと、さらに華興券を強制通用させる政治力が欠けていることが、その主たる原因と思う。

兵太 五千万元の外貨準備を擁していたから、まことに惜しいものだね。

金次 全くだ。今の状態では伸び得るところは軍票の進出面しかないように思われる。それでは軍票と衝突することになるし、さりとて独力で法幣の流通面へ食い込んでゆくことも極めて困難なことだろう。

 

 

一五、現在、軍票の流通している範囲は?

 

兵太 現在、軍票の流通している範囲はどんなものか?

金次 中支、南支のわが占拠地域で、治安がわが方によって確保されている地方はどこでも支障なく円滑に流通している。そして治安の回復と取引きの進展につれ、一歩々々その流通区域が量的に拡大されてゆく一方、わが治安確保区域内においても質的にも軍票流通部面が拡まっている現状だ。とくに去年(昭和14年)の九月以降軍票相場が法幣一〇〇元に対し八○円近くで安定しているために、最近とみに日支人間に軍票に対する信頼がましてきたようだ。

 

 

一六、南京の流通情況は?

 

兵太 南京の流通情況はどうか?

金次 流通額はだいたい法幣と半々ぐらいだろう。しかし信用の程度は、断然軍票のほうが上だ。なるほど長年の習慣で、支那人は法幣に対して愛着心は未だかなり持っているが、不断の変動があり、いつどう法幣の大暴落を招くか知れぬという警戒心があるため、最近法幣に対する信頼心は次第に薄れてきているように思われる。

 

 

一七、上海の流通情況は?

 

兵太 上海の流通情況はどうか?

金次 いわゆる河向うの共同租界やフランス租界を除いては、ほとんど軍票一色と言ってよい。全く去年の今時分に比べて隔世の感があるよ。河向うは今もって法幣の世界だが、最近ボツボツながら軍票を受入れる支那人、外人の店も出てきたそうだ。今に河向うでも軍票が大手を振って通用するようになるかも知れぬいやそうなるように、お互いに努力せねばならない。

 

 

一八、漢口の流通情況は?

 

兵太 次に漢口はどうだ?

金次 漢口の軍票工作は徹底しているね。上海という国際都市から隔絶していて、割合に独立した政策を採るには便利だという点はあるが、漢口占領以後の当局者の徹底した軍票工作が、現在の漢口地区の軍票地帯設定にあずかって力があると感謝に耐えぬよ。武漢特別市政府の公租・公課の軍票単一収納制、宣撫用物資配給組合による輸移入物資の軍票建て軍票販売など、全く徹底した工作には感謝のほかない。三角地帯の軍票工作は諸種の困難な事情はあるにせよ、これに比べてまだまだ不徹底だと終始慙愧にに堪えない次第だ。去年の暮、漢口を訪れた時漢口市内二十余か所の市場の軍票販売を励行しようと計画されていたが、もう実施されたことだろう。

 

 

一九、第一線方面の流通情況は?

 

兵太 その他第一線方面はどうか?

金次 どこでも、わが警備区域内は立派に軍票が通用しているよ。このあいだ実見してきたのだが、第一線の岳州などは、かえって漢口の軍票相場より高いぐらいだ。

 

 

二〇、軍票相場の意味

 

兵太 軍票相場って一体何だい?

金次 軍票と法幣の交換割合だ。

兵太 上海と漢口ではだいぶ違うようだが、なぜだい?

金次 上海の相場は法幣一〇〇元が基準で、漢口の相場は軍票一〇〇円が基準だ。たとえは上海相場八○円というのは法幣の一〇〇元が軍票の八○円ということで、漢口相場一三〇元というのは軍票一〇〇円が法幣一三〇元ということだ。基礎の置き方の相違だよ。

 

 

二一、軍票相場は何で決まるか?

 

兵太 なるほど!そんなら軍票相場は何で決まるのか?

金次 物の値段が需要と供給で決まると同様に、軍票相場も軍票と法幣との需要供給によって決まるのが原則だ。法幣売り軍票買いが多ければ軍票の価値は騰がり、反対に軍票売りの法幣買いが多ければ法幣の価値は騰がるのだ。その需要と供給とを決する要素には、実需もあれば思惑もある。実際に軍票で決済せねばならぬために軍票を買うのが軍票の実需だ。これに反して現在決済の要がないのにかかわらず、将来の軍票高値または法幣安値を見越して軍票を買うのが軍票の思惑だ。そのいずれにせよ需要となって軍票価値を高める点では同一だが、思惑のほうは多分に心理的影響に支配せられることが多い。法幣の先行き不安、軍票の先行き安定と見れば軍票の思惑買いが増大する。しかし思惑による騰貴はすこぶる不健全だ。いつ、いかなる反動がこないとも限らない。その点、実需による騰貴は健全そのものといえる。

兵太 どこで、だれがそんな相場を建てるのか?

金次 上海相場といっても、特定銀行の建値というものがないから、軍票と法幣との交換を取り扱っている上海の日支銀行、銭荘、ブローカーなどの、その日その日の軍票・法幣需給の出合いで決められるわけだ。そのうちで交換高を最も多く取り扱う店の建値が一番強く、その日の相場決定に影響することになる。

 

 

二二、軍票相場が各地ことに違う理由は何か?

 

兵太 なるほどねえ。軍票相場が各地で違う理由は?

金次 だいたい三角地帯の相場は上海相場が基準となるが、各地ごとに軍票と法幣との需給関係が多少異なるし、奥地で交換機関がない所では上海相場を写すことになるが、それでも現送費と手数料が上海相場に加算されるわけだ。最近は各地とも交換機関が出来たためと、法幣物価に並んで軍票物価が出来てきたために、三角地帯の各地はほとんど上海相場と大差なく、武漢地区は漢口相場に近づいてきている。ことに今年(昭和十五年)の二月一日からは上海以外の奥地邦人銀行では、法幣で軍票を買いたいという希望者には誰でも上海相場で軍票を売ることになったから、一層奥地の軍票相場は上海相場に接近してくることだろう。

 

 

二三、軍票は高いのがよいか、安いのがよいか?

 

兵太 変なことを聞くようだが、軍票は高いのが良いのか、安いのが良いのか?あまり高過ぎると商売がやりにくいということは、商売をやっている人からよく聞くことだが、どうだろう?

金次 軍票の購買力からいうと、高いに越したことはないね。軍票は高いと言っても、現在法幣に対して二割高に過ぎないのに、その法幣自体の対外購買力は事変前の約三分の一、すなわち四ペンス台に落ち込んでいるのだから、日本の円が一シリングニペンスであれば法幣の約三倍の値打ちがあって然るべきだ。為替相場から割り出すと、法幣の一〇〇元が軍票の三五、六円になる勘定だ。それだから軍票が法幣に対して二割高いといって、あまり威張れた話じゃないね。ただ去年の五、六月頃、軍票が法幣より安かった時分に比べて、比較的優位な点で安定しているといえるわけだがね。

兵太 為替相場からいうと、法幣の実際価値は三五、六円というわけか。なるほどねえ。もしその通り法幣が軍票に対して下落したらどうなるだろう。

金次 上海市の円が日本内地なみに騰がれば当然そうなるわけだが、法幣自身の暴落が原因でいよいよそうなったら、法幣の末期だね。支那人も法幣を手放して軍票に乗り換えることになるだろう。しかし、それだけ支那民衆の購買力が低下するわけだから、従来法幣で商売していた商品は売れにくくなるだろうな。

 

 

二四、軍票が法幣より下がったら、どうなるか?

兵太 反対に軍票が法幣より下がったら、どうなる?

金次 君も去年の五月なかば頃の状況を知っているだろう。実際あの通りで、物を買うにも軍票では買いにくくなるし苦力(編集部註・クーリー 中国の下層労働者)や、その他軍票賃金で支払っている労働者・雇い人は集まらなくなるね。一番の痛手は一定の予算で賄わなければならぬ軍需調達が出来なくなることだ。たとえば月一千万円の現地調弁があるとして、軍票が二割下がったと仮定すれば八百万円にしか使えないから二百万円の損失だ。軍事費ばかりじゃない。軍票で生活している者は、ひとしく二割の減俸というわけだよ。第一、君の手当六十円も現物は六十円に変わりないが、実際価値は四十八円になる勘定だ。

兵太 なるほどなあ。僕個人のことたんかどうでもよいが、日本全体としての損失は極力防止しなければならんね。それにしても軍票価値維持の重大たことは今の説明でよく納得したよ。

金次 法幣の為替相場が低落し、法幣が軍票に対して割安になると、日本よりの輸入品は売りにくいということになるかも知れぬが、さりとて軍票相場を法幣に併行して下げることも考え物である。日本内地においても、国民生活をある程度犠牲にしてまで対支輸出に振り向けている物を、売りやすいからといってこれを投げ売りすることは極力慎まなければならぬし、また軍票価値下落による軍票の購買力低下と信用の失墜は国家的見地から、あくまでお互いに防止せねばならんね。去年、軍票が暴落した当時、重慶政府が日本の経済力崩壊の前触れだと盛んに宣伝したことを君も知っているだろう。軍票価値の暴落は援蒋第三国の日本の経済力軽侮を裏付けることになるばかりでなく、蒋政権の抗戦熱をいよいよ煽ることになることを十分承知しておくことが必要だね。

兵太 全くだ。絶対に軍票の価値は崩せないね。しかし商売しやすくすることも一面考えなければならないから、軍票価値を安定させることが大切だね。その意味で去年の九月から八〇円近くで安定していることはたのもしいね。

金次 軍票価値の向上を図ることはもちろん必要だけれども、軍票をもって法幣圏に食い込ましていって、敵性通貨たる法幣を攻撃するため流通拡充を企図する以上、無理のない点で安定させることは最も大事だね。

 

 

二五、軍票はどうして価値維持されているか?

 

兵太 今でこそ一般支那民衆も日本軍の使っている軍票が、従来支那軍閥の発行した軍票とは違うということが次第にわかってきたようだが、これまでの価値維持にはずいぶん苦労したろうね。軍票の価値維持策として何が一番有効かね?

 

 

二六、軍票の購買カ

 

金次 その前に君に尋ねるが、君が安心して軍票を受け取るのは何のためだ?

兵太 そうだなあ、軍票で何でも必要なものが買えるからだろう。

金次 それだよ。軍票を持っているといつでも必要な物が買えるようにしてやることが一番軍票価値維持のため有効な方法だ。それには軍票に対して実際に物を売って回収してやること、軍票価値を安定ないし向上して、いつでも物が買えるという安心を軍票所持者に与えてやることが大事なんだ。この点で物資の軍票販売が大きた役割を果しているわけだ。

 

 

二七、国策会社の料金軍票収納

 

兵太 そのほかに、どんな方法があるかね?

金次 第二に鉄道・バス・汽船・飛行機・電気・水道等の国策会杜の諸料金を軍票で収納することだ。軍票でなければ汽車にもバスにも乗れないということは単なる軍票回収以外に大きな心理的影響がある。この点では「軍票さまさま」たらざるを得ないね。

 

 

二八、政府の公租・公課の軍票収納

 

兵太 それから?

金次 第三に政府その他の公租公課に軍票を取ることだね。維新政府(編集部註・南京に樹立された親日的な中国政府)治下では全部の公租公課につき軍票収納の建て前を採ってはいないが、関税・統税(編集部註・一種の物品税、関税・塩税とともに中国の重要財源だった)以外の税金にはむろん軍票納付ができるし、食塩はすべて軍票販売と規定されているから塩税は一〇〇パーセント軍票収入ということになる。武漢政府治下では、すべての公租公課が軍票収納だから軍票の信用たるや絶大だ。政府の公租公課に軍票を使用するということは、軍票に政治力を賦与するに最も効果ある方法だ。収入部面に軍票を使うばかりでなく、政府支出に軍票を使うことも軍票の信用に偉大なる効果がある。武漢政府の支出は一〇〇パーセント軍票支出であり、維新政府は政府支出の半額が軍票、半額が華興券というありさまだ。

 

 

二九、外貨買い抑制と国産愛用

 

兵太 まだほかにあるかね?

金次 まだまだあるよ。これから話すことについては、とくに君達の積極的後援に俟たなければならない。

兵太 えらいことになったね。僕らのできることで国家のためになることなら火の中にでも飛び込むよ。

金次 そう張り切らなくともよいがね、さっき軍票相場は軍票と法幣の需要供給の関係で決まると一言ったね。つまり軍票の価値を上げるには、軍票に対する需要を多くし、反対に法幣に対する需要を少なくすることだ。

兵太 なるほど!法幣に対する需要を少なくするということは?

金次 なるべく法幣でなければ買えぬような物は買わぬことだ。

兵太 もちろん極力軍票を使って法幣の使用を避けなければならぬことは、君の今までの説明で納得したが、法幣でなければ買えぬ物があるのか?

金次 その代表的なものは第三国輸入物資だ。その次は第三国物資でなくとも法幣で原料を輸入して法幣で製品を販売しているものだ。こうしたものはなるべく買わんようにすることだ。英米たばこしかり、外国製ウイスキーしかり、その他上海租界物資は大体においてしかりだね。

兵太 君は「なるべく」なんて弱音を吹くようだが、「断然」買ってならぬとなぜいわぬのか?

金次 なかなか辛辣だね。もちろん理想は「断然」だが、物によってはそう一概に言えぬところがある。たとえば軍事上必要な鉄材とか、通信器材とかだね。時期と輸送の関係で内地からの輸送がどうしても間に合わぬことがあるとすると、作戦上の都合でどうしても現地で買わなければならぬことがある。また、わが占拠地外より棉とか毛皮とかの土産物資を購入する必要があるとき、むろん軍票買付けは理想だけれども現実には治安の関係上、軍票では購入できぬとすれば、やむなく法幣でも買付けせねばならぬことがある。これらは国家的必要なのだから已むを得ない。それ以外の私的使用は慎んで貰いたいという意味だ。なるほど法幣物資のうちには廉価で質の良いものもあろう。そこで外国品の使用を止めて国産品を使えということは、その人の私的経済に対してはまことにお気の毒な気もしないことはない。しかし考えてくれ給え。日本人がひとりひとり私的経済上の理由で軍票を売り、法幣と交換して法幣物資を買ったらどうなる?それだけ法幣の価値を上げて軍票の価値を下げることになる。たとえば、それがために軍票相場が二割下落したとすれぼ、初め一割安いと思って買った法幣物資も、次にはかえって差引き一割高くなろうじゃないか。軍票相場の下落は、その人個人に対する影響ばかりじゃない。軍票で生活している人全体のあらゆる場合についての損失になるのだ。われわれが法幣買いの抑制、国産愛用を奨励しているゆえんも、またここに存するわけだ。支那に来たら、安くてうまいたばこを満喫したいという気持はよくわかる。比較的安い外国製写真機を買いたいという衝動の起きるのも人情だ。しかしだ。こうした個人々々の欲望の達成は、全体の利益に悪い影響を及ぼすことをお互いに反省して「俺だけは例外だ」ということは捨てて貰いたいのだ。どうも道学者先生みたいな言い草だが、この精神はぜひ汲んで貰いたい。

兵太 いちいちもっともだ。僕はそのうち金が蓄まったら、良い外国製写真機を一つ買おうと思っていたが、君の話を聞いて買うのを断念したよ。

金次 有難う。今後この点は君からも機会あるごとに、できるだけ大勢の人に勧奨してくれ給え。

 

 

三〇、貯金と内地送金

 

兵太 もっとあるかい?

金次 それからだね、単に法幣物資を買わぬばかりでなく、たとえ国産品であっても、無駄な浪費はせんことだね。そして一銭でも余計に貯金するなり、内地送金することだね。それだけ軍票の放出が制限できて軍票インフレ防止になり、価値維持に貢献するわけだ。一人の貯金送金は少額でも、塵も積もれば山となるで、大勢だと相当莫大な金額になるよ。中支在駐の軍人・軍属の内地送金および貯金高は月平均二百万円にのぼると聞いたら君も驚くだろう。それだけ中支では軍票価値維持の貢献になり、また銃後の家族にも喜ばれるというわけだ。それに内地送金が公債にでもなれば一石三鳥の国策奉仕になるというものさ。

兵太 なるほどね。内地送金や貯金が銃後のためになるとは知っていたが、現地の軍票価値維持になるとはあまり気がつかなかったが、今後もせいぜい倹約して内地送金に努めよう。

金次 君みたいに純真に出られると、こちらで気が引けるが、なかにはこちらで貰う手当で小遣いが足りずに、内地から送金して貰うというような不心得着もあるらしいが、これらは徹底的にその不心得を諭して貰いたいね。

兵太 同意!そのほか何か待殊の価値維持工作をやっているのか?

 

 

三一、円ドル売買の統制

 

金次 上海でやっている金融操作で、これはちょっと公表をはばかるがね。要するに軍票と法幣との思惑売買を統制して軌道に乗せる仕組だ。その一つとして、一口五千円以上の法幣買いは大蔵省財務官の許可を得なければならぬ定めになっている。その他、各地の銀行・銭荘に対する協力要望と取締りだ。昨今、各地の軍票相場がほとんど上海相場に近づいてきたが、これには各地の銀行・銭荘の協力があずかって力がある。今後ともこれらの健全な発展にできるだけの援助を与えてゆくとともに、協力を要望するつもりだ。

 

 

三二、軍票流通促進と軍票価値維持との関係は?

 

兵太 軍票流通促進とか、軍票流通面の拡充とかいう言葉をよく聞くが、軍票価値維持とどういう関係があるのか?

金次 軍票流通促進ということは、軍票放出増大ということとは大いに違う。いくら放出額が多くとも、それが市面に流通せず、すぐ法幣または物と交換せられて銀行や内地に回収せられてしまったら、軍票の流通促進にはならぬ。軍票流通促進あるいは流通面の拡充ということは、軍票で取引きされる部面が従来法幣で取引きされていた部面に食い入ってゆくことだ。それには地域的に拡大してゆく一面と、同一地域内において質的に軍票流通面が多くなる一面とがある。要するに、軍票を媒介として物が生産せられ、売買せられる範囲が量的にも質的にも拡がってゆくことだ。その結果、軍票の信用は増大し、市中滞留の歩止り率も多くなり、したがって軍票の価値も維持されるというわけで、軍票流通促進は軍票価値維持の母ともいえる。しかし反対に、軍票の価値が維持されることが、軍票の信用増大となり、その流通面も拡充されるという結果となるから、この両者は相互に原因であるとともに結果である関係に立つわけだ。

 

 

三三、軍票流通促進策

 

兵太 軍票流通促進策としては、どう方法があるか?

金次 従来の法幣使用部面に、法幣の代りに軍票を使用して、できるだけ軍票の普及を図ることが一つ。それから軍票交換用物資を従来の法幣流通部面において販売し、軍票取引き部面を拡充することが一つだ。この意味で、軍票交換用物資の軍票販売を一か所において大口で卸売りすることなく、さらに進んで小売部面において小口に軍票販売することが軍票流通面拡充上、絶対に必要だ。軍票価値維持対策を消極的対策とすれば、流通面拡充工作は積極的対策だ。

軍票価値不安定の際は、価値維持対策に重点が置かれ、軍票価値安定の際は流通面拡充対策に重点が置かれることは当然のことだが、両対策はいわば車の両輪であって、いわゆる唇歯輔車の関係にありということができよう。

 

 

三四、法幣は、なぜ敵性通貨か?

 

兵太 法幣はよく敵性通貨だと言われるが、どういう意味か?

金次 法幣の発行および統制は、敵方なる蒋政権に掌握されておって、蒋政権の抗戦力はすべて法幣によって賄われている点に法幣の敵性がある。言いかえれば、法幣を強めることは蒋政権の抗戦力を強めるという意味で敵性通貨なのだ。

 

 

三五、法幣使用は援蒋行為か?

 

兵太 法幣を使うことは法幣を強めることになるのか?

金次 代償なしで法幣を取ってこれを使うなら、格別法幣を強めることにはならぬが、物を買って法幣を取るなり、軍票を売って法幣と交換するなりすることは法幣を強めることになるね。なぜかといえば、それだけ法幣の購売力を強めることになるからだ。いわんや援蒋物資を法幣売りするにおいておやだよ。つまり紙幣発行権を持つ重慶政府がどんどん(といっても悪性インフレは彼らといえども懸念している)法幣を発行するのに対し、物をどんどん売ってやることは、それだけ重慶政府の発行する紙幣に対して購買力を与えてやることであるから、明らかに彼の抗戦力の助長だね。

兵太 しかし物を売って得た法幣で、反対に敵方から物資を買ったり、第三国から物を輸入したりしたらよいじゃないか?

金次 もちろん法幣に購買力がある限り、得た法幣は利用の途はある。しかしこちらの手に渡ったら法幣の価値は急に膨れるわけでもなし、第一法幣を取る前にはこちらの物なり労力たり、あるいは軍票たりを敵方の手に渡すことになる。その点が一番いけないのだ。蒋政権の抗戦力壊減を目指して戦っているわが陣営までが敵の抗戦力培養手段たる法幣を公然使って、その購買力を強めてやっていちゃあ、いつまで経っても蒋政権の壊減など思いもよらぬ。これは単なる感情論じゃない。冷静に判断すれば誰しも納得すべき常識じゃ。したがって法幣利用は、万やむを得ざる場合においてのみ為すべき権道だよ。

 

 

三六、なぜ中支では法幣流通禁止を断行しないか?

 

兵太 法幣が敵性通貨なら、なぜ中支においても北支におけるように法幣流通禁止を断行しないのか?

金次 君の疑間はもっともだ。中支においては北支と違って法幣の流通禁止を今なお断行しないのは、こういう事情があるからだ。第一の理由としては、法幣の流通禁止をしても軍票がこれに代り得るまでに延びていないことだ。現状で一挙に法幣の流通を禁止してしまえば、無辜の民衆に不測の損害をかけることになる。これは新秩序建設の聖業完遂に邁進しているわが国の最も望まないところだ。理想はあくまで法幣流通禁止だが、流通禁止を断行しても、中国民衆に不測の迷惑をかけないような素地を作ることが先決問題だ。まず逐次法幣の流通面に食い入って軍事経済圏を拡充してゆくことが大切だ。第二に、法幣流通禁止をやれば、当然これに代わるべき通貨によって対外貿易決済のため外貨の売買をせねばならぬことになる。それには為替管理なり貿易管理なりが当然必要になってくるから、それにはまず、その下地を作らなければたらぬ。それがためには外国との関係も調整せねばならぬ。その腹と準備がまず先決要件であるというわけだ。

兵太 なるほど!「糧道を断たずば敵降伏せず」の理じゃね。

金次 一般支那民衆の生活まで食い込んだこの法幣制度を壊減することは確かに困難だ。しかし困難だからといって、放って置いたのでは敵の抗戦力破砕などは百年河清だよ。石に噛りついてもこれを倒すことが絶対必要だ。この点からでも新中央政権の法定通貨たる新通貨の一日も早き誕生が望ましいね。

 

 

三七、法幣利用の限界如何?

 

兵太 法幣流通禁止の軽々にできぬ理由はよくわかった。それで当分法幣利用というわけだね。

金次 そうだ。しかし法幣利用ということにもいろいろな意味がある。世間には法幣には歯が立たぬから「長い物には巻かれろ」式で法幣を利用したほうがよいという考え方もあるようだが、われわれの考えている法幣利用はそんな退嬰的な法幣利用ではない。あくまでも法幣は敵性通貨として、これが徹底的崩壊を図ることもちろんだが治安の実晴に即し、新通貨誕生までの過渡的弁法として止むを得ざる外貨払いの場合と、法幣でなければどうしても敵地土産物資の購入ができぬ場合に、物をこちらに引く手段としてこれを利用してゆこうというやり方だ。

兵太 なるほどね。廂を借りて母屋を取ろうという戦法だね。

金次 まあそうだ。もっと砕いていえば、真田虫戦法ともいえようかな。法幣という図体ばかり大きい人間の体内に食い入って、これを倒そうというのだ。第一、この人間は食いしん坊で消化不良になっている現状だから、援蒋国の輸血が止まれば自分のほうからいつ倒れるかも知れないね。しかし、こちらとしては楽観は禁物、最悪の場合を考えて攻撃の手を一歩も弛めぬことが大事だと思う。

兵太 そうすると、結局法幣利用の限界は、敵地からこちらの必要な物資を引く手段として、どうしても軍票が通用せぬ場合に利用することと、やむを得ない対外決済の支払手段として最少限度において、これを利用することに限られるということになるね。

金次 大体においてその通りだ。法幣を使えば商売がしやすいからという理由で、また法幣を使っても、儲けただけ外貨獲得になるからよいではないかという議論は、平時ならともかく、戦争をしている今日、蒋政権覆滅という大目的からいって徹底的に打破せねばたらないね。そうした法幣利用論は、結局「ミイラ取りのミイラ」になることを自認するものだよ。

 

 

三八、支那民衆をして軍票使用に協力させるには、どうしたらいいか?

 

兵太 だんだん支那民衆も軍票の価値を認めて、これを使用するようになってきたが、さらにこうした傾向を助長するにはどういう対策が必要か?

金次 まず軍票に対する彼らの信用を一層助長させることだね。それにはさっきもいった通り、軍票に安定した購買力を持たせることが第一だ。軍票を持っていさえすれば何でも買えるということを体験させると同時に、これを彼らの信念にまで植えつけなければならないね。

 

 

三九、敵の逆宣伝を打破するには?

 

兵太 しかし敵は敵で「軍票は偽幣だ、正貨準備のない紙屑だ」と善良なる民衆に宣伝して、極力その使用を禁止しているそうだが、これに対抗する宣伝方法はないかね。

金次 一番よいのは軍票の持つ価値の有難味を彼らに体験させることだ。そこで軍票交換用物資の支那民衆に対する販売ということが大きい意義を持ってくるのだ。軍票を持ってさえいれぼ、法幣では手に入らない物が容易に手に入る。たとえば彼らの生活必需品たる食塩、マッチ、ローソク、綿布などが軍票なら容易に買えるという仕組みを作ることが大切だ。それから軍票の価値を法幣に対し、常に有利の立場に置き、その価値向上を図ると同時に、軍票の価値を安定させることが大事だね。

兵太 また敵側の宣伝として、軍票は日本の軍隊がいる時に限って通用するのだ、軍隊が引き揚げたら一片の紙屑になってしまうのだと言って良民を迷わして軍票撹乱工作をやっているということを聞くが、支那民衆のなかにはこのような敵の逆宣伝を真面目に信じているものもあるらしい。これに対する対抗策はどうしたらよいか?

金次 それには第一に、重慶政府が壊滅して日支間に真の平和がくるまでは、日本軍隊は撤兵せぬということを確言することが一つ。軍票は事変中、立派に通用するばかりでなく、事変後終了も日本政府の責任において新中央政府と協力して必ず新通貨と交換してやるのだ、決して紙屑化するものではない。反対に法幣こそ、蒋政権の倒壊と運命を共にするもので、紙屑化する危険が明白だと警告してやったらよい。

兵太 法幣が蒋政権と運命を共にするといえば、現在法幣を持っている者は、紙屑になっちゃたまらないというわけでかえって蒋政権を擁護するということにならんかね。

金次 君のいうのも一理屈だが、法幣に代わるべき通貨がない現状においては多少そうした考えもあるかも知れんが、法幣に取って代わるべき新通貨さえ出来れば、瀕死の病人と心中するほど支那民衆は義侠的ではないと思うね。その証拠に法幣の暴落懸念が濃厚になると、法幣を手放して安全な外貨に乗り換えることが盛んに行なわれることだ。そんな場合には蒋介石御自身すら自分の個人財産を擁護するため、法幣預金から外貨預金に振り替える始末なのだから、他は推して知るべきだ。法幣が現在以上に、その内部的原因なり、外部的原因なりによって暴落するようなことがあれば、僕は新法定通貨が生まれなくとも、軍票に対しても乗り換え運動が当然起ってくると思う。支那人のなかにも、その方面の具眼の士はすでに先を見越して法幣から軍票へ乗り換えている者もだいぶあるようだよ。

兵太 従来の戦争と軍票の後始末はどうしたか?

金次 日露戦争のときも、欧州大戦のときも、戦後は日本政府の責任において立派に回収してやったよ。そして現在の軍票は、名前は軍票でも昔の軍票とはいささか性質を異にしている。中支軍票一色化によって、純然たる管理通貨になり、単に軍用のみでなく一般交易用として使用せられることになったのだから、したがってその回収責任も一層重大になってきたわけだ。これが紙屑化などは大日本帝国の面目にかけても絶対に出来ぬことだ。その点に関して疑惑を持つような者が万一あれば、太鼓判を押して保証してくれ給え。言いかえれば、軍票は日本の全国力によって保証されている通貨なのだ。

 

 

四〇、法幣の危険性

 

兵太 軍票の確実なことは良くわかった。そこで相手の法幣の危険性をもっと具体的に教えてくれ給え。

金次 法幣の危険性の第一は、その悪性インフレが避けられないということ、すなわち蒋政権はその莫大なる戦費を賄うため、産業の開発と輸出貿易の振興とに躍起になっているが、戦争による国内の疲弊と主要なる対外貿易港をわが国に封鎖されたことによって、彼らの所期の目的を達することは非常に困難であるため、政府所有の準備金をもって対外決済に充当する以外には、結局法幣の増発に頼るほかない。その増発された法幣はそれだけ一面においては対外購買力として外貨買いとなり、一面においては国内購買力となるわけで、前の関係においては外貨買いとなる法幣に対し、無制限に外貨を売り応じなければ法幣の対外価値暴落となることは、昨年(昭和十四年)六月の法幣安定資金の外貨買い中止によって法幣の対外価値が対英八ペンス四分の一の安定相場から一挙六ペンス台に暴落し、七月の第二回の売止めによってさらに四ペンス台まで奔落したことが、その間の事情を如実に証明している。増発された法幣が対内購買力に向う点においては、国内物価の騰貴となって現われている。物価騰貴の一面には、国内生産の不足ということもあろうが、大体において需要増による法幣増発に主因があると見られる。結局、法幣の増発はその対外価値の低下、すなわち為替相場の下落と国内購買力の低下、すなわち物価騰貴となって現われてくるのだ。

兵太 なるほどね。いったい法幣は現在どのくらい発行されているのか?

金次 いわゆる法幣というのは中央・中国・交通・農民の四銀行券を総称しているのだがね。事変前、すなわち昭和十二年六月末の発行高は十四億七百万元余であったのに対し、昨年(昭和十四年)六月末発行高は重慶政府の公式発表によれば二十六億二千万元、昨年十二月末においては三十億八千万元余ということになっているが、事変前の数字は信用できるとしても、事変後の昨年六月と十二月発表の数字は全く眉唾もんだね。支那人の玄人筋でさえ、てんで信用していない。一般には六十億ぐらいと推定されているようだ。

兵太 ほお!そんなに多いのか。北支は法幣流通禁止だし、南支も同様だそうだから、事変前に比べて法幣の流通している地域はずっと狭くなったわけだね。それに事変前の何倍という発行高では価値の下がるのは当然だね。

金次 それに外債でも得られない限り軍費の必要には制限がないから、法幣の価値が下がるだけ余計に発行せねばたらぬというわけで、その点だけから見ても法幣の前途は暗澹たるものだ。現在でこそ欧州大戦による外貨、ことに英貨(ポンド)に対する不安の影響で、辛うじて五ペンス内外に少康を保っているが、いつがたがたと崩れ出すか分ったものじゃない。そこを支那民衆にも良く説明して納得させてほしいね。なにも軍票に乗り換えることは、日本に協力するばかりでなく、御自分のためにも大事だとね。

兵太 ところで重慶政府は法幣の発行高に対し、どのくらいの現金準備があるのだろう?

金次 その公式発表は五〇パーセントだと言っているが、出鱈目も甚だしいと思う。準備金銀の大部分はロンドンまたはニューヨークに行ってほとんど使われてしまっていると考えて大過なかろう。

兵太 それじゃ法幣を持っている者は不渡手形を持っているようなものだね?

金次 法幣に購買力がある限り全くの不渡手形ではないが、徐々に不渡手形に近づきつつあると言えるね。去年の三、四月当時に比べたら約半分の価値しかなくなってしまったのだが、また外国銀行側が外貨売りでも停止しようものたらガタ落ちになること確実だね。

兵太 今日、支那人側は法幣に対していったいどういう考えをもっているか?

金次 支那人側はもとより不安を抱いている。法幣がすこし下廻りかけると、すぐ法幣売り、外貨買いをやる始末で、全くビクビクしているようだ。現に支那の統率者たる蒋介石は外国銀行に外貨でたくさん自己の預金を持っているし、全く主権者が自国通貨を信用していない実情だ。

 

 

四一、軍票の確実性

 

兵太 軍票も何ら発行準備がないじゃないかという反問に対しては?

金次 日本から物資を送って、それで立派に価値維持をしてあげます、すなわち日本の全国力で保証しているんですと大見得を切って欲しいね。

 

 

四二、邦人が軍票価値維持に協力するには、どうすればよいか?

 

兵太 それを聞いて安心した。次に邦人側に協力して貰うにはどうしたらよいか?理屈は君の懇切な説明で大分わかったから、これをいかに実践すればよいかを教えてくれ給え。

金次 なるほどいいことに気がついてくれた。それじゃ今まで話したことと多少重複するかも知れぬか、まとめて項目的に話そう。

1.日本人はすべて軍票を使い、特別の場合のほか法幣を使わないこと

2.国産品を愛用し、外国製品を買わないこと

3.日本製品はもちろん、現地生産品でも軍票以外には売らないこと

4.日本人経営の商社では、日本人に対してはもちろん、支那人に対しても俸給、給料、労賃などを必ず軍票で支私うこと

5.土産品の買付けにも努めて軍票を使用すること、軍票買付けがどうしても出来ぬ場合の法幣調達は市場調達を避け、邦人銀行に相談すること

6.無用の浪費を慎しみ、貯金または内地送金すること

7.軍票の法幣に対する割高を軍票のままで活用し、法幣に交換して支払うようなことはせぬこと

8.円系物資は国民の膏血だ。その軍票売りを小売りまで徹底すること

9.軍票の思惑売りは絶対に慎しみ、思惑法幣買いをやらぬこと

10.無辜の民衆に軍票の安全を説き教えること

11.経済戦は通貨戦だということを肝に銘ずること

 

 

四三、軍票の将来

 

兵太 有難う。終りに軍票の将来はどうなるだろうかについて、君の意見を聞きたい。

金次 軍票の価値維持は絶対的だ。日本は万全を期して価値維持をするし、またその自信は十分にある。将来、新通貨が生まれて軍票を回収するようなことがあっても、軍票所持者には絶対に迷惑をかけない。

兵太 長いこと大変ご迷惑をかけた。おかげで偉い勉強になった。僕個人としても、またできるだけ多くの周囲の人にも、今日聞いた君の御趣旨を話して現地の一人々々が経済戦士になって聖戦目的貫徹に邁進しよう。

金次 有難う。戦いはこれからだという意気込みで、お互いに日本のため、いや東洋平和のため頑張ろう。それにしても再び第一線に行く君の武運長久を祈るよ。

兵太 君も達者で。ではさようなら。

 

 

 

〔おことわり〕

かなづかい、旧漢字を改めたほか、読みやすくするため用字を直した以外は、原文を全く省略せずに再録しました。(編集部)